第17回@(白須賀宿〜新居宿)


1日目 2015年6月20日(土)

おんやど白須賀・・うないの松・・蔵法寺・・火鎮神社(ほずめ)・・新居宿・・新居本陣・・
・・新居関所跡(自由見学)・・ゴール <約7.5キロ> ⇒夕食会場 ⇒ ホテル

前回のゴール地点「おんやど白須賀」に到着
曇り空ですで日差しが強くないのでウォーク日和です。
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スタート前にお弁当を食べましょう。
地元のお弁当屋さんが美味しそうに作って下さってます。
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ウォームアップの体操です。
ウォーキングする為の身体を整えます。
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準備オッケー!
さぁ元気に歩きましょう

梅雨の時期ならではの綺麗なアジサイです。
癒されますねー
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前回も少し歩いた潮見坂
遠くに遠州灘が見える。街道から海が見えるのって感激です。
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潮見坂を降り、新居宿へ向かう分岐点
ここから只ひたすらに歩きます。
宿場と宿場の間は、ただひたすら・・
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火鎮(ほずめ)神社
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宿場町であった白須賀宿の鎮守といわれています。
白須賀宿の東端
元白須賀と言われているように、昔はコノ場所に白須賀宿がありました。
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昔はこのあたりに「白須賀宿」がありましたが、海抜が低くて
津波により流され、現在は上の位置に変わっています。

現在、津波注意の案内がいたるところにあります。
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昭和50年代まで
みごとな松並木が存在した。残念なことに,
その後マツクイムシの被害で全滅した。
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もうすぐ新居宿に入っていくという場所に井戸がありました。
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橋本という交差点を左折すると新居宿にはいります。
この橋本という場所に、昔は新居宿があったそうで、災害によって宿場の位置が二度変っている。
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棒鼻です。
(棒鼻=宿場のはずれの事、道の両側から土塁が突き出て 一度に大勢が通れない)
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一里塚
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棒鼻を抜けると、新居宿にはいります。
この町並みは宿場の印象をあたえてくれますね
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寄馬跡(寄せ集められた人馬の継立所)
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新居宿には、弥五助・武兵衛・八郎兵衛と3軒の本陣がありました。
大名・勅使・公家・高僧・旗本・幕府役人などが宿泊し、各本陣には
60〜90もの御用達の藩や宮家・公家をもっていたといわれています。
現在は武兵衛本陣が残っています。
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旅籠紀伊国屋
1703年(元禄16年)に開業した徳川御三家の一つ、
紀州藩の御用宿となった旅籠。建物を改築し、現在は
当時の東海道や旅籠屋文化の関連資料、新居宿の遺品などを集めた
『紀伊国屋資料館』となっています。
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新居関所
地元のガイドさんが新居の関所の案内をしてくれます。
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江戸幕府が全国に設けた53ヶ所の関所の中で、幕府直轄として100年間、
最高の警備体制が敷かれていた関所。
※全国で唯一現存する関所建物として昭和30年に国の特別史跡に指定されました。
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立派な建物の中に凛々しいお奉行さんが。
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女改め
関所には改め女(俗に改め婆)がいて、関所を通る女性を調べました。
「改め婆」は、出女の髪を解き、「証文」に記載されている髪形や特徴を調べるのです。
「改め婆」は検査の結果を役人に告げ、異常がないことが確認されれば、関所を通る許可が下ります。
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新居の関所をたっぷり自由時間で見て廻りました。
現存する日本唯一の関所建物という事で、暫し昔にタイムトリップです。
こういったひと時も街道歩きの魅力のひとつですね。

という訳で本日のウォーキングはここまで。
第17回1泊2日の初日は7.5キロ歩きました。
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クールダウン体操を終え夕食会場へ
浜名湖といえば「ウナギ」
しっかり頂きました。
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本日の宿泊は「ルートイン浜名湖インター」です
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1日目おわり
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第16回A(吉田宿〜二川宿〜白須賀宿)


2日目 2015年5月17日(日曜日)

スタート 吉田宿・・吉田宿・脇本陣・・飯村一里塚・・火打坂・・
・二川宿本陣資料館・・・白須賀宿・・西町庚申堂・・ゴール <16.7キロ>

天気:快晴(あっぱれ)

昨晩は「ルートイン豊川インターホテル」に宿泊しました。
大浴場でしっかり身体をマッサージして休息をとったので
昨日の歩き疲れもなくなっています。
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ホテル朝食バイキングをしっかり食べて
今日も元気に出発です。お客様も元気なご様子です。
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バスに乗り込みホテルを出発!
昨日のゴール地点でウォームアップをおこなって
さぁスタートです。
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早速、吉田宿の宿場町に入ってきました。
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地元のガイドさんから吉田宿についてお話を伺います。
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吉田宿は本陣2、脇本陣1、旅籠はなんと65軒もあったという
このあたりが吉田宿の中心としてもっとも賑わっていたところで
ある。「吉田通れば 二階から招く しかも鹿(か)の子の振袖が」
と謳われ飯盛り女の多い宿場として知られていたそうです。

写真は「西総門跡」
吉田城の西門であると同時に吉田宿の京方の入口です。
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吉田の宿場町を歩きます。
昔、大きな宿場だったところは、都市開発され写真のような
現代の町並み風景になるところが多いです。
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吉田宿本陣跡
(いちばん賑わっていたのは札木町で,本陣が2軒,脇本陣が1軒,その他多数の旅籠屋があった。)
今はもう、跡しか残っていません。
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脇本陣
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あっ
路面電車だ。参加者の皆さんも久しぶりに見た路面電車を
カメラでパチリ。
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マンホール(消火栓)も地域によって絵柄が異なります。
お客様の中には、地域ごとのマンホールを写真に収めている方もいらっしゃいます。
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吉田宿の終わり 東惣門
宿の東の入口にあり午前六時から午後10時まで開けられ、それ以外は閉門され、付近に番所などが置かれ警備にあたっていた。
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飯村(いいむら)一里塚跡・・江戸から数えて七十三番目の一里塚
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宿場と宿場の間は一本道が続きます。
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昔は松並木だったそうですが、今は最後の一本も
松くい虫にやられて、石碑のみがある。
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熱い日差しに、こういった木陰があると助かるねぇ
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ようやく二川宿に近づいてきました。
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二川宿本陣(資料館)に到着です。
二川宿には本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠が約30軒ほどありました。

※資料館は「東海道」「二川宿」「本陣」という3つのテーマで常設展示。
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地元のガイドさんがお出迎え
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二川宿資料館は、主屋・玄関棟・書院棟・土蔵等を江戸時代の姿に復原し、
大名や公家など貴人の宿舎であった建物を一般公開しています。
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ここでお昼休憩。お弁当を食べて資料館を各自見学。

日差しが暑くなってきました。


本陣すぐ近くにある「東駒屋」
現在も味噌、醤油を販売しています。そのためか、東駒屋の表はほんのり味噌や醤油の香が
漂っている。また、隣接する駒屋は、江戸末期に建造された建物であり、
豊橋市の有形文化財に指定されている。
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二川宿を抜けると次の宿場「白須賀宿」まで
木陰も何もない一本道をただひたすら歩きます。

ただひたすら・・ただひたすら・・。暑かった・・
(この道で私の腕は真っ赤に焼けてしまった。後日、皮が剥けるほど)
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いよいよ愛知県とお別れをして静岡県に入ります。
県境に境川が流れているのですが、ちっちゃな川です。
静岡県には、東海道53次の宿場の約4割があります。
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さぁ、静岡県です。
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白須賀宿に入ってきました。
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白須賀宿
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静岡県最西端の宿場町 旅籠が27軒と、宿場としては中規模
元々は海岸近くにあったが、1707年に発生した地震と津波により大きな被害を受けたため、
その後潮見坂の上の高台にある現在地に移されています。
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本陣跡
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白須賀宿内の曲尺手
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見えた! 海です!
汐見坂から遠州灘が見えました。東海道を歩いてきて初めての海です。
ちょっと感動・・
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歌川広重の絵にも描かれています。
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今日は日差しの輝るなか、16キロ歩いてきました。
ようやく今日のゴール地点「おんやど白須賀」に到着です。
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無事完歩です。ゴール地点で、クールダウンの体操をします。
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2日間お疲れ様でしたー
ウォークガイドさんの楽しいお話しに感謝と
無事歩けたことに感謝です。
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皆さまありがとうございます。
来月もまた、お会いしましょうー




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第16回@(御油宿〜吉田宿)


2015年5月16日(土曜日)

スタート 御油の松並木・・御油橋、御油一里塚・・兎足神社・・
・豊橋魚市場・・・下地一里塚・・吉田城の城下町・・ゴール <12キロ>

天気:雨のち雲り

集合場所では雨が降っていたのですが
現地に到着すると、雨も止み天気よくスタートです。
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まずは準備体操です。今日は12キロ歩くので
しっかり筋肉をほぐしましょう。
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さぁ出発
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前回歩いた、国の天然記念物「御油の松並木」をあるくと
御油宿に入ります。
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御油宿は小さい宿場で、次の宿場まで1.7キロしか離れていません。
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小さい宿場なので、宿場の途中で道を曲げて距離を伸ばすことで
宿場の数を増やしています。
こういったものを曲尺手(かねんて)と言います。

城下町での曲尺手は、敵の侵入を防ぐ役割というように
地域地域で役割が異なります。
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東海道をあえて右に曲げています(曲尺手)
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この御油橋を渡ると宿場町とお別れです。
あっという間の御油宿
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姫街道(ひめかいどう)

姫街道とは、見附宿と御油宿を結ぶ東海道の脇街道です。
名前の由来は諸説色々ありますが、
・新居関所の厳しい取締まりを嫌った女性が多く利用したため
この名があるという事が言われている説。
・古いという意味の「ひね」の街道から変化したものともいわれる説。
などがあります。
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正式名は「本坂通」という。

はい、出てきました。
御油の一里塚 江戸から76里
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ここ、豊川国府大社神社では夏に
手筒煙火、大筒煙火、仕掛け花火などが奉納される盛大な夏祭りが行われます。
写真のこま犬が赤くなっているのは
手筒花火の勢いがうつっているからです。
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国府夏祭りの動画がありましたので良かったらご覧ください。



下の写真は
本来なら旧東海道は真っ直ぐ行くところを、国道が分断し
工場が建ったので迂回していきます。
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迂回しています・・・
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街道らしい風景の道に戻ってきました。
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伊奈一里塚(江戸から数えて75里目)
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7世紀後半頃に建てられたといわれる菟足神社は
菟上足尼命(うなかみすくねのみこと)が祀られています。
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小だか橋
菟足神社の大祭の日に この橋を通る若い女を生贄にする風習があったと言う1000年前の
人身御供にまつわる悲話が伝わっています。
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小だか橋は車の往来も多い
危ないので1列になって歩きました。
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はい。一里塚です。
今日見る一里塚は石碑ばかりですね・・
下地一里塚は江戸から数えて74里目
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豊川稲荷遥拝所
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豊橋を渡ると
本日のゴール地点の公園につきます。
あと一息です。
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豊橋から遠目に見えました。
吉田城跡です。
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ゴールしました!
12キロ完歩です。
今日一日、街道の面白話をしてくださったウォークガイドさんに
皆で拍手です。
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クールダウンの体操を終えたら
今日の夕食会場へ移動です。

会場は稲荷神社前の「和食まつや」 あーお腹すいた。。
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おいしいビール♪
おいしい食事♪
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夕食後は
稲荷神社を参拝です。

本日はこれにて終了
おつかれさまでしたー
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第15回A(藤川宿〜赤坂宿〜御油宿)


<第十五回A>東海道53次ウォーク
 歩いた日:2015年4月19日(日)天気 曇り時々小雨

スタート 道の駅 藤川宿・・藤川宿本陣公園・・東棒鼻・・
・本宿(陣屋、代官屋敷)・・法蔵寺、近藤勇の墓・・長沢一里塚・・
・・えびせんべいとちくわ共和国・・赤坂宿よらまい館・・大橋屋旅館・・
・御油の松並木・・ゴール <11.8キロ>

■天気予報では雨ですが、なんとか降らずに天気はもっています。
 晴れ男チームの私達だから、きっと降らずに歩けるはず。

 昨晩は「ルートイン豊川インターホテル」に宿泊し、大浴場で身体を
 ほぐしたので、足腰は回復しています。
 参加者の皆さんにもお伺いすると「身体ましやわ〜」との声。
 宿泊の効果はばっちりです!

 さぁ今日も元気に出発です。

スタートは「家康公」の銅像前で準備体操
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今日で三河の国とお別れです。「家康殿行ってまいりますー」
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◆藤川宿 西棒鼻
「棒鼻」とは、棒の端、すなわち棒の先端をいい、それが転じて、宿場のはずれを「棒鼻」と称した。
 藤川に再現された「棒鼻」は、歌川広重が描いた東海道五十三次・藤川宿の浮世絵「棒鼻ノ図」を
 参考にして復元した「修景・棒鼻」です。
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◆藤川宿
江戸から数えて東海道第37番目の宿場町。東西に細長く広がる藤川宿は
約1020mと当時の宿場の中でも規模は比較的小さかったといわれて
います。本陣と脇本陣が1軒ずつ設置され、旅籠屋が36軒ありました。
※写真は本陣跡を復元した公園です。まだ出来て新しい
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高札場跡(復元)
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横に資料館がありました。中に入ると「藤川宿」のジオラマがあった。
写真では見づらいですが、細かに復元されていて暫し時間を忘れて眺めていました。
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きれいな問や場跡
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宿場町をを歩くと
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急に曲がる「枡形」にたどり着き
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ここが東の棒鼻
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しばらく国道一号線(旧街道)を歩くと、右手に小高い山が・・
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ここは、三河一向一揆で一揆軍に追われた家康が、
ここ(山中八幡宮)に逃げ込み、窮地を脱したところ。
洞窟に逃げみ、追っ手が洞窟を探そうとしたところ
洞窟から鳩が飛び立った。「人のいるところに鳩がいる筈がない」
そう思い込んだ追っ手はこの場を去った。
そうして家康は難を逃れたそうです。

今も息づく歴史の面白さを感じますね。

宿場と宿場の間は
ただひたすら歩く・・
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そして4キロごとに一里塚(跡の石碑ですが)
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そうして見えてきました「法蔵寺」
ここには近藤勇のお墓があります。
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◆近藤勇の墓
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近藤勇は東京板橋の刑場で斬首、首は京都三条大橋西に晒されたが
同士が三晩目に持出し近藤勇ゆかり京都誓願寺に持ち込んだ。この塚は
近藤勇と縁のあった京都誓願寺の住職がこの法蔵寺の住職になったため、
土方歳三ら新選組の同士達とこの寺に埋めたと言われています。

そしてまた
ひたすら歩く・・
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ひたすら歩いて、お昼ご飯ヶ所に到着
スタート8:40(9キロ歩いて)、今13:00です。
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たくさん歩いたからお腹がすきました。
お弁当おいしそー
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お客様から「今日のお弁当おいしかったよ」とのお言葉頂戴しました。

お昼ごはんを頂いた場所は「えびせんべいとちくわ共和国」です。
ここでお土産を購入して、午後の部スタートです。
(試食も出来ました^^)

そして赤坂宿は向かって歩き始めました。
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さぁ赤坂宿に到着です。
「よらまい館」に入っていきます。
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中に入ると「わ!」
ゆるキャラが!
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中は・・・
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地元のガイドさんです。よろしくお願いします。

赤坂宿の様子
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御油宿や吉田宿とともに飯盛女を多く抱えていた同地は、
「御油や赤坂、吉田がなけりゃ、なんのよしみで江戸通い」と言われた程、
活気のある宿場町でした。

赤坂宿と次に向かう御油宿との間隔は、東海道の宿場の中で最も短く、
2km足らずです。関川神社には、「夏の月 御油より出でて 赤坂や」という
松尾芭蕉の句碑があるが、この句は地理的に極めて近い両者の関係を
詠んだものであるとされています。


◆赤坂宿の大橋屋
現存する日本唯一の江戸建築の旅籠屋「大橋屋」
創業1649年。広重の浮世絵にも描かれています。
2015年3月まで実際に宿泊できていました。
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今日のハイライトでもある大橋屋に参加者の皆さん
興奮気味に写真撮影しています。
そりゃそうですよね。現存している旅籠ですから超貴重です。
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中の様子。

赤坂宿 本陣跡です。
柵の向こうには建物はなく。跡地のみ
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大橋屋を見て興奮さめやらぬまま歩くと
御油松並木の入り口に差し掛かりました。
国の天然記念物にもなっている松並木です。
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◆御油の松並木
御油の松並木には、現在約300本の松の大木が並んでいます。
弥次さん、喜多さんで有名な「東海道中膝栗毛」の舞台になった所で、
昭和19年に国の天然記念物に指定されています。
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気持ちよく歩いた松並木。
今日はここでゴールです。
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朝から9キロ歩いてゴールは15時
1泊2日なので、たくさん歩くけどゴール時間は早め。
お家に帰る時間も遅くならないので身体も楽。

今回はじめての1泊2日でした。
身体も楽
時間も楽
夕食も美味しくて、参加者の方はビールなど飲みながら楽しそうでした。


おつかれさまでした。
来月またお会いしましょー


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第15回@(岡崎宿〜藤川宿)


<第十五回@>東海道53次ウォーク
 歩いた日:2015年4月18日(土)天気 晴れ

スタート 八丁味噌・・唐弓弦の看板・・允文館、允武館跡・・籠田公園・
・・大平一里塚・・西大平藩陣屋跡・・藤川松並木・・
・藤川一里塚・・十王堂・・道の駅 藤川宿 ゴール <10.4キロ>

●今回も天気に恵まれ、晴れ。
 ホントこのツアーは晴れの日が多いです。
 みなさんの日ごろの行いのおかげです。(ありがとうございます)
準備体操をしてスタート! 

さて質問です。これ何と読みますか? 竊樹社
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答え ・・ ひそこ神社と読みます。なかなか読めないですよね。

ここは家康公が自らの官位勅許のなかだちをした
泰翁のために建立した寺です。
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誓願寺(せいがんじ)

日吉丸(豊臣秀吉)と蜂須賀小六との「出会之像」を見ながら
矢作橋を渡ります。

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渡る途中に、岡崎城の天守閣も見えました。(中央の上部です)
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◆岡崎27曲り
橋を渡り終えると、岡崎27曲がりに入っていきます。
1つ目の曲がり角を超えると「八丁味噌」の蔵がでてきました。
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何故27回も折れ曲がった街道にしたのかというと、敵が岡崎城に
攻めてくるのに回り道させるためです。
また、27回も廻らせた事での波及効果として、街道の長さが延びたので
お店をたくさんだせた事です。

現代の町をあげて
「岡崎27曲がり」を盛り上げています。
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◆唐弓弦の看板 ↑
このあたりには三河木綿に関連する職人が多かったことから、問屋場の
数軒先の軒先に「唐弓弦(とうゆみづる)」と一枚板の彫られた看板の残る
民家があります。江戸期に、綿を打つ道具(綿打ち弓)を商っていた店の
看板で、今では大変貴重なものであり、風情を感じさせます。



◆岡崎藩校 允文館、允武館跡 (マンションの下に石碑だけがありました)
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允文館の入学は8歳で、漢学・筆道・数学が教授され、允武館の
入学は12歳で、砲術・剣術・馬術等の武術が教授されました。
明治4(1871)年の廃藩置県後廃校になりました。


今日はホントにいいお天気です。
そして綺麗なお花
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まだまだ続く27曲がり
なんと、八丁味噌を出てから1キロしか歩いていないそうだ・・
曲がって曲がってなので、もっと歩いていると思っていた。

道には、こんなかわいらしいオブジェもあります。
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27曲がりの案内に「い」の文字が・・
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「い」が27曲がりの最初であり、最後の地点を指しています。
私たちは京都から江戸向かっているので
「い」が私たちの27曲がりゴールです。
あー長い27曲がりだった・・


そして、
美しい松並木
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◆西大平藩陣屋跡
越前裁きで有名な大岡忠相がおさめた西大平藩陣屋跡。
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大岡家はもともと大名の出ではないが八代吉宗、九代家重時代の活躍で
加増を重ねて一万石の大名となった。

岡崎宿を抜け、藤川宿へ
畷(なわて)を歩いています。畷とは田んぼの中のまっすぐな道
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馬がいた。食べ過ぎているのか、太り気味です。。
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畷を抜けると、見慣れた東海道街道の道へ。
見慣れた風景に、ホットします。
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藤川宿に近づいてきました。松並木です。
この道は交通量が多いので車に注意しながら歩かなければなりません。
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18時、本日のゴールである「藤川宿道の駅」に到着です。
今回は、14キロ歩く長丁場でしたが皆さん完歩できました。
おつかれさまでしたー
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今回は初めての1泊のウォークツアー
夕食は「蒲郡オレンジパーク」で白子御前
宿泊は「ルートイン豊川インター」です。
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